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ごはん隊が行く! 緊急ミーティング 今の子どもにとって、「学校給食って、  美味しいランチ!」ってウソ?ホント?

子どもを持つ30~40代のお母さんたちに集まってもらい、学校給食に対して自らの体験、そして今の子どもたちに提供される給食について、様々な意見を聞いてみました。

――ごはん隊隊長を自認している池戸です。本日は、昭和40~50年代の懐かしい学校給食メニューを提供している、御徒町にある食堂兼居酒屋「給食当番」にごはん隊隊員の皆さんに集まっていただき、学校給食に関する自分の思い出やお子様たちの給食事情について、話を伺いました。まずは、集まったメンバーの紹介から。

集まってくれたメンバーさん 丸山寛子さん 大淵麻衣子さん 柴崎愛さん

エッ、これが噂のソフト麺なんですか!? 初めて見ました!

*

――私の給食体験は、皆さんよりちょっと前。小学校4年のときに、月に1回~2回の米飯給食が始まったのを覚えています。あら、嫌だ、歳がバレテしまうかしら、大淵さんや柴崎さんと、ほとんど歳は違わないのに……(笑)。

大淵(以下敬称略)/私たちの時代は、週2回くらいがごはんでしたね。ほかは、パンと10日に一度程度、ソフト麺だったかな?

柴崎/私のところもそんな感じでした。

――パンは、コッペパンだった?

大淵/食パン、レーズンパン、黒パンとかでしたね?

柴崎/あとは、お砂糖やきな粉がかかった揚げパンかな。

(*「給食当番」の揚げパンは、砂糖、きな粉のほかに、ココア、シナモン、カフェラテの5種類から選べますが、昭和50~60年当時は揚げパンといえば、2つが定番だったようです)

大淵/そう、しかもお砂糖やきな粉は、申し訳程度にかかっているだけでしたね。

柴崎/そうでした。そして、黒パンのときはハチミツ(袋入り)が付いて、おかずはおでんというのが定番だった気がします。

丸山/ところで、ソフト麺ってなんですか?

大淵&柴崎&池戸/(「給食当番」のセットメニューに登場した麺を指さし)これよ、これ!

丸山/エッ、これって"うどん〟じゃないんですか? ほぐれにくいうどんか!と思っていました。私のときは、月曜と木曜がごはん、あとはパンとかパスタで、ソフト麺って初めて見ました。

大淵/ソフト麺を知っていることで、歳がばれてしまうなんて……(笑)。

柴崎/ミートソースなどにソフト麺を入れ、絡めて食べるのが定番よね。

大淵/そう、そう。丸山さんの時代は、ミートソースはパスタに絡めて!が定番になっていたということか……。世代差を感じますね。

みんなで、脱脂粉乳初体験! そして先生が握ってくれた塩むすびの味

*

――60歳を過ぎたごはん彩々スタッフのおじさんは、自ら「脱脂粉乳世代」といっていますが、私を含めみんな牛乳世代ですよね? テトラパックは知っていますか?

柴崎/私はビン牛乳だったわ。

丸山/私は、ブリックパックという四角い紙パックの牛乳でした。

大淵/基本はブリックパックで、運動会のときは、なぜかテトラパックでした。

柴崎/ということは、「ミルメーク」(牛乳調味料)体験もしたことがないの?

大淵/「ミルメーク」自体は100円ショップでも売っているので知っていましたが、パックでは使えないですからね。実際に給食で体験したことはありません。

――確かに。ビン牛乳、もしくはマグカップに注ぐ脱脂粉乳じゃないと経験できないものね。それはそれとして、脱脂粉乳世代のおじさんから、ぜひ脱脂粉乳を体験してみてというリクエストがあったので、みんなで飲んでみて、感想をひと言もらえますか?
(*牛乳アレルギーのある大淵さんを除き、池戸隊長も含め体験)

丸山/なんか、牛乳を薄めた感じで、美味しくはないですね。冷えていたら飲める気もするけど……。

*

柴崎/牛乳嫌いの私としては、飲みやすい感じもあるけど……。(再び、脱脂粉乳を口にして)やはり不味い!

――私もダメだ。これを飲みきらないと、昼休みに遊びに校庭に出られず、鼻をつまんで流し込んだ子どももいたというし、ちょっと、これはキツイ。これを飲まずに済んだ私たちは幸せかも。しかも、脱脂粉乳世代はごはん給食も味わってないわけだし、ちょっとかわいそうな気がしてきました。

大淵/私には、給食のごはんに関して、ちょっとした思い出があります。クラス全員に配膳したあと、担任の先生が余ったごはんで塩むすびを握ってくれて、それがとびっきり美味しくて……。きっと先生の愛情が一緒に込められていたから、なお、美味しく感じられたのかもしれませんね。

柴崎/私は、残念ながらごはん=美味しいとは感じませんでした。ごはん自体がベチャッとしていて……。給食のごはんといえば、白いごはんではなくヒジキごはんや五目ごはんといった味のついたごはんというイメージが残っています。

丸山/私も給食のごはんが苦手でした。白いごはんで提供されるのがほとんどでしたが、自宅のごはんに比べ美味しいと感じられなかったですね。なので、おかずのスープなどを掛け、ごはんの味がしないようにしていました。

――でも、丸山さんの時代は政府米から県産のブランド米などの自主流通米に切り替わっていた時期だったから、お米自体が不味いということは、あまり考えられないのだけど……。よほど、家でいいお米を食べていたのかな?

丸山/母が炊き方なども含めごはんにはこだわっていたので、つい比べてしまったのかもしれませんね。

大淵&柴崎/ワーッ、ぜいたく!

――ごはんはさておき、当時の学校給食では、それぞれどんなメニューが好きでしたか?

丸山/私は学年末の3月、最後の給食に出た骨付きのローストチキンが一番印象的でしたし、美味しいと思いました。あとは、クリームシチューかな。

柴崎/私ははるさめなどが入った肉団子スープがお気に入りメニュー。それにオーソドックスな砂糖のかかった揚げパンも好きでしたね。

大淵/から揚げと焼きそば、野菜が入ったスープ(*千切り野菜が入ったジュリアンスープのようです)が好きでした。そのスープが、娘の給食試食会のときに出て、思わず昔を思い出してしまいました。

――時代もあるでしょうし、地方によってメニューも違っているかもしれませんが、やはり好きなメニューもあり、それぞれが給食を楽しんでいたようですね。

丸山/自校調理だったので、4時間目頃になると給食室から漂ってくる給食のおかずの匂い、午後にチャリンコ(自転車)に乗って帰宅する給食のおばさんの姿など、いろいろな思い出が蘇ります。

大淵/今日は何が出るのか、確認するために見に行った各階の掲示板に貼られていた今週の給食メニュー表など、私にとっても給食はいい思い出の一つです。

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