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トップページ > 日本お米紀行 > ~最新品種誕生ものがたり~熊本県/くまさんの輝き 極良食味米として知られる熊本県の主力品種ヒノヒカリの座も脅かす 県のフラッグシップ米として期待が寄せられる「くまさんの輝き」の実力とは?

九州の米どころとして知られる熊本県。平成元年に県の奨励品種に採用されるや否や、瞬く間に主力品種になったヒノヒカリは、豊かな自然に恵まれた環境、生産者の栽培努力によって、九州を代表する極良食味米として、高い評価を維持し続けている。しかし、「県のオリジナル米を!」という機運、昨今の高温障害に対応する品種をということで、森のくまさんやくまさんの力といった県オリジナル品種が投入されてきたが、その座を脅かすまでにはいたっていないのが現状だ。そんな中、「今度こそ!」という育成担当者の想いが詰まったくまさんの輝きが登場。品質、食味、草型、すべてにおいてヒノヒカリを凌駕しており、熊本県のフラッグシップ米として次代を担っていくと期待されているのだが、その誕生には、並々ならぬ担当者の苦労が隠されていたのだ。

ヒノヒカリは熊本県でも導入されると即シェアを伸ばしていった!

 熊本県山鹿市にある東鍋田遺跡から大量のイネ機動細胞のプラント・オパールが検出されていることなどから、熊本県は日本においていち早く稲作が始まった地域の一つとされている。

熊本県農業研究センター

また、『肥後米券社史』(昭和14年出版)によれば、江戸時代、熊本の米(肥後米)は徳川将軍家の献上米に選ばれ、「肥後米に匹敵するお米はない」といわれるほど、高い評価を得ていた。そして現在も、熊本県は自然環境をいかした適地適作により、西日本でも有数の米の生産量を誇っているのである。
 熊本県は、世界一のカルデラをもつ阿蘇山や120あまりの島々からなる天草諸島など、豊かな自然に恵まれている。また気候的には、県全体でみれば温暖であるが、地区によってはかなりの差があることが分かる。熊本平野を中心とした熊本地方は、夏は蒸し暑く、冬の冷え込みが厳しい内陸性気候、阿蘇外輪山に囲まれた阿蘇地方は海抜400mを超える山地型気候、島の多い天草・芦北は海洋性気候、人吉盆地を中心とした球磨地方は内陸性気候と山地型気候の両方の影響を受けるといった具合だ。
 こうした気候的なことを配慮し、熊本県では平坦地域、山麓準平坦地域、高冷地域(山麓地域)と3つの区分に分け、それぞれに合った米品種の適地適作を進めている。
 そんな中、熊本県を代表する米=主力品種となっているのがヒノヒカリである。
 ヒノヒカリは宮崎県総合農業試験場で育成され、1989年(平成元)にデビューした品種。デビュー以来、約10年間でその作付面積をいっきに70倍以上に伸ばし、東のコシヒカリに対し、"西の横綱〟と呼ばれていた。現在でも西日本を中心に広範な地域で作られており、コシヒカリ、ひとめぼれに次いで、3番目に作付面積が多い品種として君臨している。

熊本県における3つの気候区分


 ヒノヒカリが熊本県の奨励品種として採用されたのは、デビューした年でもある平成元年。それまで熊本県において主力品種だったのは、ミナミニシキ(宮崎県総合農業試験場/1975年デビューした晩生品種)。多収で作りやすく、食味もそこそこだったため、1987年には53%のシェアを誇っていた。しかし同年、茶米が大量発生するという事態が起こり、売れ残りが多くなり、品質への信頼性が大きく揺らいだのである。
 また熊本では、昭和50年代後半からうまい米推進運動が展開され、昭和59年にはコシヒカリが奨励品種として採用され、高冷地域や天草などの島嶼部、海岸沿いの地域などで栽培が始まるなど、良食味米への移行が徐々に進んでいた。
 その点、ミナミニシキは食味的には満足できるものではなかったため、平成元年にヒノヒカリの採用が決まると、瞬く間に主力品種の座がとってかわられることに。翌2年には約1万ha、全県の約20%のシェアを得るなど、ヒノヒカリは西日本の他県同様、急速にシェアを伸ばしていったのである。
「県として、当時から地域別稲作振興計画に沿って適地適作を進めていたので、ヒノヒカリはその品種特性を最大限に発揮できるように考慮され、山麓準平坦地を中心に導入が図られました。それでシェアがグーンと伸びたのです」
 当時の状況を熊本県農林水産部/農業園芸課・渡邊充班長は、こう説明している。

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