鎌倉時代は、貴族中心の政治だった平安時代から、源頼朝をトップとする鎌倉武士が政権を握り、武家政治へと社会が大きく動いた転換期です。そんな鎌倉時代の食事には、どんなものがあるのでしょうか。2022年には三谷幸喜氏脚本の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が放送されることもあり、鎌倉時代に関心が高まる昨今。ぜひ、当時の食事を再現してタイムトリップ気分に浸ってみませんか。

鎌倉時代ってどんな時代?
鎌倉時代とは、鎌倉(現・神奈川県鎌倉市)に幕府が置かれていた時代のことです。源頼朝が開府し、約150年間続きました。これにより、平安時代に権勢を誇っていた平家から、源氏へと政権が交代し、本格的に武士の時代が始まりまったのです。全国に守護・地頭が設置され、貨幣経済が盛んになったのもこの頃とされています。

農業面では、牛馬耕や金属製の農具、水車などを利用した灌漑(かんがい)施設の整備、肥料の発達などで生産力がアップしました。早く成長する「早稲」(わせ)と呼ばれる稲の品種も登場し、二毛作ができるようになりました。このため、人手が大量に必要となり、村ごとのルールが生まれたのもこの頃です。

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階級別、鎌倉時代の食事
鎌倉時代は階級社会であり、貴族・武士・庶民の間で食事にも違いがありました。それぞれの食事について詳しく見てみましょう。

【貴族編】
米と土地は権力の象徴であり、平安時代の流れを受け継ぐ贅沢ながらも不健康な食生活でした。白米をおかゆにしたり、釜で炊いたやわらかいご飯の「姫飯」(ひめいい)を食べたりしていたのが貴族です。柔らかくて食べやすい反面、栄養価の高い胚芽が取り除かれてしまい、いわゆる「脚気(かっけ、ビタミンB1不足で起こる)」にもかかりやすかったとされています。

また、おかずは干物や塩漬けなどの保存食が中心でした。また、食事には細かい作法が決められていたため、同じメニューが何日も続くことも多く、栄養が偏りやすかったのも貴族の食生活が不健康だった一因です。

【武士編】
「武士は食わねど高楊枝」という言葉があるように、鎌倉時代の武士も質素な生活がモットーでした。武士は同じお米でも玄米を好んで食べていて、「強飯」(こわめし、こわいい)と呼ばれた、炊くのではなく蒸した玄米を主食としていました。

1日2回、1日あたり5合の米が基本でしたが、戦いや旅行など体力が必要なときは1日3回に増やしていました。この習慣がだんだん日常化していき、現在の1日3食につながったとされています。おかずは焼き塩・みそ・梅干しのいずれかと焼き魚が基本でしたが、現地調達で肉を食べることもありました。携帯食として、現代の「おにぎり」に当たる「屯食(とんじき、とじき)」が生まれたのもこの頃です。

奈良〜平安時代は僧侶が権力を持っていたため、肉食禁止令が出るなど肉食は忌み嫌われていました。しかし、戦ったり長距離を歩いたりするために身体を作らねばならない武士にとって、肉は貴重な栄養源です。食べていたのは主に狩りで獲ったウサギ、タヌキ、猪、鹿、熊、猿など。鶏肉ではウズラや鴨、飼育した鶏が主でした。牛や馬は農作業で使う大切な家畜なので、食べなかったとされています。

【農民編】
庶民も食事の回数は1日2食でした。ただし、お米は年貢として納めなければいけなかったため、庶民が食べられるのは麦・粟(あわ)・稗(ひえ)など。一部玄米が混じった粥を食べることが多かったようです。強飯は祭礼など、特別な日のご馳走でした。

鎌倉時代にタイムトリップ!強飯やおにぎりの再現レシピ
そんな鎌倉時代のご飯を再現したレシピをご紹介します。いずれも簡単にできますので、ぜひおうちで作ってみて、鎌倉時代に思いを馳せてはいかがでしょうか。

強飯の再現レシピ
強飯とは、現在のおこわのルーツです。現代ではもち米で作るのが一般的ですが、当時はうるち米の玄米を蒸して食べていました。玄米を蒸す手順は、以下の通りです。

<材料>
玄米 100g
水 100mL

<作り方>
1.玄米を洗い、6時間程度浸漬させる
2.ザルに上げて水気を切り、玄米と水を器に入れ、アルミホイルでフタをする
3.蒸し器の準備をする
4.蒸気が上がったら2.を入れて30分程度蒸す
5.火を止め、10分程度蒸らしてできあがり
※玄米の浸漬時間は長いので、寝る前や朝、出かける前に水に漬けるのがおすすめ
※雑菌の繁殖を防ぐため、必ず冷蔵庫で浸漬させる(2~3回水を取り換えると臭みが軽減できる)

ごはん彩々サイトでも、玄米を販売しています。ぜひチェックしてみてくださいね。
新潟県産コシヒカリの玄米
秋田県産あきたこまちの玄米

おにぎり(屯食)の再現レシピ
おにぎり(屯食)は、前述の強飯を丸めて握ったものです。貴族の宴席で蒸したもち米を握り固めたものが最初とされていますが、武士は主食の強飯で作っていました。そこで、強飯を握った屯食を作ってみましょう。

1.強飯が炊けたら具材を入れ、白米同様に握り固める
2.このとき、白米よりも強くぎゅっと力を入れて握り、米粒同士をしっかりくっつける

玄米は固いので、しっかり握っても米粒が潰れにくいため、ぎゅっと握って構いません。シンプルにプレーンか、梅干し入りなどが主流です。

まとめ
鎌倉時代は武士が初めて政権を握った時代であり、まだまだ武士の食事は貴族化しておらず、質素で合理的な食生活でした。中でも玄米で作った強飯は武士の主食であり、携帯食としておにぎりにもしていたそうです。ぜひ、今回ご紹介したレシピを参考に、鎌倉時代の食事を再現してみてくださいね。

(おいしいごはん研究チーム)
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